録音を保存することと、テープを残すこと
音、媒体、再生機器、来歴の情報は別々である。IASAの保存指針を参照し、沈黙に何が残り、何への接近が妨げられるかを検討する。
録音資料には何が含まれるか
IASA-TC 03は、音や映像の信号と、それを支える来歴や媒体の情報を区別し、両方を資料の一部として扱う。たとえばカセットでは、録音内容に加え、ラベルや箱の記載もその内容を同定する資料になりうる。音が再生できることと、誰がいつ何を録音したかを確認できることは、別の条件である。[1]
媒体が劣化せず残っていても、適合する再生機器がなければ音を取り出せない。同指針は媒体と機器の寿命に限りがあることから、可能なうちに情報を別の媒体・システムへ移すことを保存の方法に含めている。[2]
《沈黙》で見えるものと再生できないもの
沈黙では、リールやほどけたテープが樹脂の中に見える。一方、樹脂から取り出してそのまま再生することはできない。媒体を目視できても、その媒体を使って音を聴けるわけではない。[3]
封入されたカセットに何が録音されていたか、音がどこまで残っているかは、公開作品資料からは確認できない。したがって、特定の人の声や出来事が失われたと説明する根拠はない。作品の構造からは、音を記録するための物が通常の再生から離れた状態で残ることを検討できる。

媒体を残す作品と、情報を移す保存
録音の保存は、情報を媒体から取り出して利用可能な状態を引き継ぐことを含む。沈黙は、その情報を取り出すための通常の使用を止め、媒体の姿を残す。両者を比較すると、「残った物」と「取り出せる記録」を分けて記述する必要が分かる。[2]
この違いは、作品と資料を管理する際にも関わる。作品そのものの状態を保つことと、録音を再生できるようにすることは、同じ処置の目的ではない。沈黙の管理を録音資料の復旧と同一視せず、どの状態を作品として維持するかを確認する必要がある。
記録内容が不明なことの位置づけ
録音内容が公開資料で特定されない場合、作品を理解するために、失われた声の持ち主を想像して補う必要はない。テープという物から録音を想起できることと、実際に何が録音されているかを知ることは異なる。この差があるため、録音の内容を知らなくても、見ることと聴くことが分かれた構造を検討できる。
透明な樹脂は内部の媒体を観察できる一方で、通常の使用には接続できない。沈黙では、遮られるのは視線だけではない。物質を目の前に示すことが、記録への到達を保証しないという関係が残る。録音保存の指針と比較する意義は、作品を技術的な保存方法として評価することではなく、媒体と情報を別々に扱うための基準を得る点にある。

