《前押》のくぼみは傷なのか
制作時につくったくぼみと、将来の欠けは同じではない。前押と明暗を、喪失が起きる前の時間から比較する。
制作されたくぼみと、想像する欠け
前押のくぼみは、器を完成させるために彫った形である。正式資料では、茶碗の正面に浅いへこみをつける「前押」を参照したと記している。破損の痕跡や修復の跡を使った作品として紹介すると、制作時に加えた意匠が、既に起きた損傷へと変わってしまう。[1]
作品は、くぼみのある現在の形に、将来欠けたり朽ちたりする可能性を重ねている。現にある傷から過去を推測する場合とは、時間の向きが異なる。現在の形を見ながらまだ起きていない変化を想像することが、この作品を検討する出発点になる。[1]

《明暗》の明るさと暗さは同時にある
明暗の正式資料は、暗い部分に大切なものを失う不安を、明るい部分に今そばにあることへの感謝を重ねている。2つは同じ木の表面にあり、暗い状態が終わってから明るい状態へ移る順序を示すものではない。[2]
前押は現在の形に将来の変化を重ね、明暗は現在の不安と感謝を同時に扱う。どちらも喪失後の追悼だけでは説明できない。作品を「失われたものの記念」として一括りにすると、まだそばにあるものとの関わりが抜け落ちる。

作者の不安と鑑賞者の経験
この比較では、正式資料に記された作者の問題意識と作品の構成を対応させている。鑑賞者が同じ不安や感謝を感じることまで確認したものではない。制作の動機と鑑賞時の経験を分けることで、感情を1つに指定せず、どの形や配置から異なる解釈が生まれるかを検討できる。
器の意匠と未来の欠け
くぼみは、見た目の欠落としてだけでなく、器の表面へ制作時に加えられた意匠としても捉えられる。器の形をつくる意匠と、将来の欠損を想像する視点は、同じ表面に重なりうる。写真に暗い部分が写っていることと、器の厚みやくぼみが物理的に変わっていることは区別する必要がある。
明暗との比較では、暗さを喪失、明るさを回復という順番へ置き換えないことも重要である。2作品は、未来の不在を現在の形へ重ねながら、現在の物を消してはいない。不安が解消された後だけ大切にできるという時間の区分ではなく、不安を抱えたままそばにある物と関わる状態を検討する比較となる。
